第6回 朝ちゃん、再び競馬に大接近

第6回 朝ちゃん、再び競馬に大接近

5月 27, 17
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新宿コマ劇場での最初のお仕事は、芸者役。初舞台でしかも芸者となると本当にたいへんなんです。お化粧やら所作ごとやらなにやらと。たとえちょっとの出番でもやはり大観衆を前に、初日はもう舞台の上で息が詰まりそうになったり、とちりそうになったりの緊張の連続です。でもみんな同じ板(舞台)の上の仲間という意識が強く、何日もたたないうちに俳優もスタッフも気心が知れうちとけてしまいます。舞台の世界独特の雰囲気なんです、これが。

緊張感と解放感の繰り返しの毎日、そして待ち時間が多いことなどから、舞台の仲間にはギャンブル好きな人が多く、私の住まいが場外馬券売場のすぐそばと知ると、1ヶ月間の舞台が終わったあとでも、みんなが私に馬券の購入を頼んでくるようになりました。その中に、馬券をとてもよく当てる人がいて、私はそれが不思議に思えたものです。

そのころ私はまだ競馬のことはよくわからず、ただ教わるままに馬券を買っていたのです。ある日、その人から電話がありました。

「今のレース当たったと思うんだけれど」

テレビはもちろんラジオの競馬中継も聞いていなかった私はさっぱりわからず、

「さあ!」

と答えると、その人から言われてしまいました。

「どうして馬券を買いに行った人が結果を知らないんだ。すぐにテレビをつけて結果を見て教えてくれ」

そう言われて私は初めて、毎週土曜日と日曜日はラジオやテレビの競馬中継を見たり、聞いたりするようになりました。そしてなぜその人がよく当たるのかをこっそり研究するようになったのです。そのお陰で私の競馬の知識は急激に増え、頼んできた競馬歴十数年の人より、私のほうが的中することもあったりして。

これは余談ですが、舞台の仲間とはよく平和島の競艇にも行きました。私が車の運転ができるので、運転手として連れて行かれたんです。みんなの熱中ぶりに私もやってみたくなって、そして7レースと最終の12レースを当てました。これが結構ついて嬉しくなり、配当金を換金していると、結局一番最後まで残ってしまいました。車を出すのが遅くなり、当たらない連中からぶうぶう言われました。

「運転手が最終レースを当ててどうするんだよ!」

この競艇で儲けたお金を少しずつ貯めていたら、いつの間にか40万円にもなり、その当時欲しかったエアコンやビデオや冷蔵庫が買えました。もう、かれこれ7、8年前のことですが、いまだにわが家では重宝しています。

こんな経験が後の朝ちゃんの『チリ山馬券必勝法』『銀行馬券の買い方』の基本になったのは言うまでもありませんが、これも平和島の競艇場のそばの墓地に眠っている父の血が私にそうさせているのでしょうか。

私がそんな毎日を楽しくおくっている時期、スポーツ新聞やテレビの女性の競馬キャスターが活躍し始めました。もっとも井口保子さん(現東京中日スポーツコラムニスと・女性競馬ジャーナリスト)は、ラジオ関東(今のラジオ日本)の競馬中継をこのころでもう何年も続けていましたから、古くからの競馬ファンならばその声を耳にしたことがあるでしょう。澄んだ落ち着いたその声の持ち主に私などは密かに憧れたものです。後に井口さんから直接、「女性競馬ジャーナリストクラブに入りませんか」とお声を掛けていただいたときの喜び、感激。その声の特徴からすぐに井口さんだとわかり、なんて輝いてきれいな方なんだろうと思ったのを昨日のことのように覚えています。

競馬の女性キャスターの活躍を目にするようになったころ、私もまた、場外馬券場ではなく、本馬場やパドックに立って、自分の肉眼でもって選んだ馬の予想やレポートをしたり、井口さんのように実況中継をできたらどんな素晴らしいだろうなと、考えるようになったのです。考えるとすぐ実行したくなる朝ちゃんなんです。

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